礼拝

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 1年間をとおして毎週、新約聖書、旧約聖書の言葉を一つずつ暗誦します。最初はとまどうことも多く、分からないかもしれません。けれども今、自分はこんな問題にぶつかり大きな苦しみに直面している、あの聖書の言葉は今自分の苦しみにとって、どういう言葉をもつのだろうかと、きっと考えるにちがいありません。

2010年度 年間標語

              受けるよりは 与える方が幸いである。
                  -使徒言行録 20章35節-

学院チャプレン 飯 謙

 これは紀元1世紀中頃の伝道者・使徒パウロが伝えたイエスの言葉です。イエスは隣人愛をしばしば旧約聖書を引用して語りまし たが、おりおりに自分なりのパラフレーズで説明しました。その例として「人にしてもらいたいと思うことは何でも、人にしなさい」(マタイ7:12)や「人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい」(ルカ6:35)といった格言的な詞が思い浮かびます。

 イエスが生きていた時代、1世紀のユダヤ社会の文学や口頭伝承の伝統は、日本の五七調のように、音韻的にもリズムや響きを整えていましたので、そのことを思うと、新約聖書に伝えられたイエスの言葉の中には、お世辞にも洗練されているとは評し難い表現もあります。いま取り上げるこの短言にもイエスらしいぼくとつな響きがあります。

 パウロがこの言葉を口にしたのは紀元50年代後半、三度にわたる伝道旅行も終わりに近いときでした。彼は、小アジアからギリシアを巡って教会を設立しますが、その過程でローマ帝国との間に緊張関係を引き起こしました。パウロは、自分自身が逮捕され、そして死刑に処せられる危険性を察知しながらも、中心の教会があるエルサレムに戻る決心をします。帰途、小アジアの大都市ミレトスに寄港した際、それを聞きつけて、50キロほど離れたエフェソから長老たちが訪ねてきました(彼はその何年か前にエフェソにも教会を設立していました)。エフェソの長老たちに向けた決別説教(使徒20:17-35)の締め括りが、あのイエスの印象深い言葉でした。

 「受けるよりは与える方が幸いである」。

 与えること、捧げることの大切さを説く金言は数多あります。しかしその中には、いずれ自分に戻ってくる見返りを前提としたものが多いのではないでしょうか。たとえば、よく口にされる日本の格言、「情けは人のためならず」は、しばしば誤解されて、「情けをかけると、その人を甘やかすことになって、本人のためにならない」ということだと思われていますが、もともとは「誰かに同情してその人によいことをすると、やがてまた、かたちを変えて自分に戻ってくる。だから、情けは他人のためではなく、自分のためなのだ」という意味です。

 パウロはここで、自分自身の生命を与えた(ささげた)イエスを念頭に、この言葉を語っています。自分自身をささげるとは、自暴自棄になるということではありません。自分よりも大切なもの、自分自身をも超えるものと出会った結果です。パウロは自分自身を超えるものと出会ったのでした。わたしどもの志す教育の目標も、単に知識や技術の肥大、あるいは利用できる簡便な資格や才能の開発ではなく、まさにこの深い自己との出会い、自身を超えるものとの出会いにあります。それをこの聖句から確認したく思います。

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【2010年度 1学期暗誦聖句】
4月 受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。
これが最も重要な第一の掟である。
第二も、これと同じように重要である。隣人を自分のように愛しなさい。
(マタイ22:37-39)
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。
(Ⅰテサロニケ5章16-17節)
5月 受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
(ヨハネ15章13節)
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。
これが最も重要な第一の掟である。
第二も、これと同じように重要である。隣人を自分のように愛しなさい。
(マタイ22:37-39)
あなたは、命に至る道をわたしに示し、
御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。
(使徒言行録2章28節)
6月 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
(ヨハネ15章5節)
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。
(ヨハネ15章16節)
主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる。
(哀歌3:22-23)
涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。
(詩編126:5)
信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中でもっとも大いなるものは、愛である。
(コリントの信徒への手紙(一)13:13)
7月 受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)

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【2010年度 2学期暗誦聖句】
9月 受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)
実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。
(ローマの信徒への手紙 10章17節)
あなたがたは世の光である。
(マタイ5:14)
あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。
(ヨハネによる福音書 8章32節)
10月 信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。
(ヘブライ人への手紙11:1)
受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。
(詩編119:105)
ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。
(コヘレトの言葉4:9)
11月 何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。
(箴言4:23)
受けるよりは与える方が幸いである。
(使徒言行録20章35節)
惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、
惜しまず豊かに蒔く人は刈り入れも豊かなのです。
(コリントⅡ9章6節)
各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。
(コリントⅡ9章7節)
わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
(ルカ1:47)
12月 神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
(ヨハネ3:16)
神は、独り子を世にお遣わしになりました。
その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。
(Ⅰヨハネ4章)

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【2010年度 3学期暗誦聖句】
1月 あなたがたの中で苦しんでいる人は祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。
(ヤコブの手紙5:13)
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。
これが最も重要な第一の掟である。
第二も、これと同じように重要である。隣人を自分のように愛しなさい。
(マタイ22:37-39)
あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。
(マタイ5:16)
2月 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。
(マタイ11:28)
二人、または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。
(マタイ18:20)
目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。
(コロサイ4:2)
一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。
(エフェソ4:2)
3月 あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。
光の子として歩みなさい。
(エフェソ5:8)
十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、
わたしたち救われる者には神の力です。
(コリントの信徒への手紙Ⅰ 1:18)
互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです。
(ガラテヤ6:2)

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